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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)3055号 判決 1977年3月15日

原告(反訴被告) 有限会社日新ビル

右訴訟代理人弁護士 田中藤作

被告(反訴原告) 小西晧夫

主文

一、被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し、別紙物件目録記載の貸室を明渡せ。

二、被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し、金五三四万六九八二円および昭和五〇年一月一日以降明渡ずみに至るまで一か月一三万七五〇〇円の割合による金員を支払え。

三、原告(反訴被告)のその余の本訴請求および被告(反訴原告)の原告(反訴被告)に対する反訴請求を棄却する。

四、訴訟費用は本訴、反訴を通じ被告(反訴原告)の負担とする。

五、この判決は主文第二項に限り、被告(反訴原告)に対し、かりに執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、本訴請求の趣旨

被告(反訴原告―以下単に被告という)は原告(反訴被告―以下単に原告という)に対し別紙物件目録記載の建物部分を明渡し昭和五〇年一月一日以降明渡ずみに至るまで一か月金一三万七五〇〇円の割合による金員を支払え。

被告は原告に対し金五四九万二六二〇円の金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二、本訴請求に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

三、予備的反訴請求の趣旨

かりに原告の貸室明渡の本訴請求が認容された場合、被告は予備的反訴としてつぎのとおり請求する。

1.原告は被告が原告に別紙物件目録記載の建物部分を明渡すのと引換えに、被告に対し三六九二万三四六一円を支払え。

2.訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

四、予備的反訴請求に対する答弁

1.被告の予備的反訴請求を棄却する。

2.訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

第二、当事者の主張

一、本訴請求についての当事者の主張

(本訴請求の原因)

1.原告は貸室を業とするものであるが、昭和四〇年一〇月一日被告に対し、別紙物件目録記載の四階の貸室(以下単に本件貸室と称する)を、一か月につき賃料一〇万円、共益費一万五〇〇〇円、翌月分前払と定め、右賃料および共益費の支払を二か月分以上遅滞したときは、賃貸借契約を解除することができること、右貸室の使用に伴うガス、水道、電気等の使用料金(以下単に使用料金ともいう)については、別途計算のうえ翌月支払うこととする等の約定で賃貸し、被告は右貸室でニユーキングの屋号で洋酒サパーを経営していたものである。

2.被告は、右賃料について、昭和四五年一〇月分以降昭和四七年五月分までの二〇か月分合計二〇〇万円に対し、昭和四七年四月二七日五〇万円を支払っただけで残額一五〇万円の支払をなさず、共益費については、昭和四六年三月分から昭和四七年五月分まで一五か月間の共益費合計二二万五〇〇〇円のうち昭和四六年三月分の内金五〇〇〇円を支払ったのみで、残額二二万円の支払をなさず、以上の賃料、共益費の合計一七二万円を遅滞したほか、昭和四六年三月分から昭和四七年二月分まで光熱水道代合計一八万七六二〇円の支払をしないので、原告は被告に対し、昭和四七年五月二二日到達の内容証明郵便により、右賃料、共益費、光熱水道代の未払分合計一九〇万七六二〇円の内金一八四万八三七〇円を、右書面の到達後五日以内に支払うように催告するとともに、その支払のないときは、本件賃貸借契約を解除する旨の停止条件付賃貸借解除の意思を表示した。

3.ところが、被告は右催告期間の末日である昭和四七年五月二七日を経過するもその支払をしないので、同日限り本件賃貸借契約は解除され、被告は本件貸室の返還する義務を負担するに至ったにもかかわらず、その明渡をなさず、原告に対し、同月二八日以降賃料および共益費用相当額の損害を蒙らせているところ、共益費は昭和四九年五月一日以降月額一万七五〇〇円に、賃料は昭和五〇年一月一日以降月額一二万円にそれぞれ増額された。

4.そうすると、昭和四九年一二月三一日現在において、被告が原告に対して負担する賃料、共益費および解除後の賃料、共益費相当の損害金はつぎのとおり合計五三〇万五〇〇〇円となる。

(一)昭和四六年三月一日から昭和四七年五月三一日まで(ただし昭和四七年五月二七日までは賃料、共益費同月二八日以降同月三一日までは右相当額の損害金)の間の前記賃料、共益費の未払分および損害金の合計一七二万円。

(二)昭和四七年六月一日以降昭和四九年四月三〇日までの二三か月間における賃料、共益費相当の月額一一万五〇〇〇円の割合による損害金合計二六四万五〇〇〇円。

(三)昭和四九年五月一日以降同年一二月三一日までの八か月間における賃料、共益費相当の月額一一万七五〇〇円の割合による損害金合計九四万円。

5.よって原告は被告に対し本件貸室の明渡を求めるとともに昭和四七年二月末までの水道、光熱費の未払額一八万七六二〇円、および、昭和四九年一二月三一日までの賃料、共益費および解除後の損害金合計五三〇万五〇〇〇円以上合計五四九万二六二〇円、並びに、昭和五〇年一月一日以降明渡ずみに至るまで一か月一三万七五〇〇円の割合による賃料、共益費相当の損害金の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

1.請求原因第1項は認める。

2.同第2項の事実は争う。

3.同第3項中、共益費が昭和四九年五月分以降月額一万七五〇〇円であることは認めるが、その余の事実は争う。

4.同第4項、第5項の事実はすべて争う。

なお、被告は昭和四八年二月二六日以降昭和五一年四月二二日までの間に前後一四回にわたり原告に対し賃料として合計六二七万〇四五七円を供託している。

(抗弁)

1.原告の催告にかかる債権は、以下主張するとおり、催告期間の経過前、弁済ないし相殺によって消滅しているから、原告による停止条件付賃貸借契約解除の意思表示はその効力を生じなかったものである。すなわち

(一)被告は賃料、共益費、使用料等に対する弁済として昭和四七年四月二七日原告の自認する五〇万円を支払ったほか、同日保証金として五〇万円を支払い、翌同月二八日に、昭和四七年一月分から同年四月分までの使用料金として一一万八八五四円、同年六月八日に昭和四七年五月分の使用料金として四万一七四二円を支払った。

(二)更に被告は、昭和四一年一一月一日原告から別紙物件目録記載の日新ビル建物のうち七階の一室約二〇坪(以下単に七階貸室という)を賃借したが、その際原告に対し二〇〇万円を保証金として差入れ、右保証金は賃貸借終了の際に全額被告に返還される約定であったところ、右賃貸借契約は昭和四七年四月二七日解約となり、被告は同日その明渡を了したので、原告に対し二〇〇万円の保証金返還請求権を取得した。

その後、被告は原告より昭和四七年五月二二日到達の書面により、昭和四五年一〇月から昭和四七年五月までの賃料、共益費の合計二三四万八三七〇円の内未払金一八四万八三七〇円の履行催告を受けたので、原告に対し昭和四七年五月二七日右債務と前記保証金返還債権とを対当額で相殺する旨の意思を表示することにより、前記債権は消滅した結果、原告の賃貸借契約解除の意思表示はその効力を生じなかったものである。

2.かりに右の主張が認められないとしても、被告は原告に対し、前記のとおり二〇〇万円の保証金返還請求債権を有し、原告主張の延滞賃料等は右金員の内から当然充当され弁済されていると信じていたのであるから、右のような特段の事情の存する本件においては、被告に若干の支払遅滞が存したとしても、賃貸借当事者間の信頼関係を破壊するに足る程度の重大な背信行為に該当するということはできないので、原告による契約解除はその効力を生じない。

3.かりに以上の主張が認められないとしても、原告は貸室を業とする商人であり、被告が本件貸室を明渡した後いずれこれを他に賃貸する筈であり、自ら使用すべき特段の必要性はなく、かつまた、被告は昭和四〇年一〇月一日原告との間に本件賃貸借契約を締結するに際し、債務の履行を担保するため保証金として五〇〇万円を預託しており、原告主張の延滞賃料等は右保証金によって充分担保されているのであるから、被告に対し賃貸借契約を解除し本件貸室の明渡を請求することは権利の濫用にあたり許されない。

(抗弁に対する認否)

1.抗弁第1項中、被告より昭和四七年四月二八日に一一万八八五四円、同年六月八日に四万一七四二円の支払のあったことは認めるが、その余の事実は争う。原告は右の各金員を昭和四七年三月分以降の使用料金に対する弁済として受領したものであり、また被告主張の保証金五〇万円は、七階貸室の賃貸借に関するもので、本件賃貸借とは無関係である。右のほか被告は七階貸室の賃貸借につき、保証金として二〇〇万円を預託した旨主張するのであるが、被告は昭和四一年一一月以降、原告より右七階貸室を賃借し、グリルを経営するに至ったが、右の貸室は、それまで訴外岡本富子が原告から賃借しグリルを経営していたもので、原告会社の前代表取締役であった亡国分重雄が、右訴外岡本の代理人ないしは仲介人として、被告との間に右貸室の賃借権譲渡契約を成立させ、被告主張の二〇〇万円は、その際賃借権の譲渡代金として、被告から岡本に支払われたもので、原告の何ら関知しないところである。

2.抗弁第2項は争う。被告は長期にわたり賃料等を延滞し、その間原告に対し何らの申入れもしなかったもので、その不誠実は甚だしいものがある。

3.抗弁第3項は否認する。賃借人に債務不履行がある場合、賃貸人に自己使用の必要性がないからといって、賃貸人から賃借人に対する債務不履行に基づく明渡請求が許されない理由はない。

二、予備的反訴請求についての当事者の主張

(反訴請求の原因)

かりに原告の本件貸室の明渡を求める本訴請求が認容されたときは予備的につぎのとおり主張する。

1.被告は、以下主張するとおり、原告との間に七階貸室および本件貸室につき賃貸借契約を締結するに際し、原告に対し、賃借保証金として、合計七〇〇万円の金員を差入れているので、その返還を求める。

(一)被告は昭和四一年一一月一日、原告から七階貸室を賃借したものであるが、その際、原告に対し、賃借保証金として二〇〇万円を預託し、右保証金は右賃貸借の終了の際全額返還される約定であったところ、右賃貸借契約は昭和四七年四月二七日解約により終了し、その明渡を了したので、被告は原告に対し二〇〇万円の保証金の返還請求権を有する。

(二)被告は、昭和四〇年一〇月一日原告より本件貸室を賃借し、その際原告に対し賃借保証金として五〇〇万円を預託したが、右賃借保証金は、本件賃貸借契約終了による明渡しの際、原告より当然返還を受け得る性質のものである。

2.原告は以下主張するとおり法律上の原因なく被告より合計一二八万三四六一円の金員の交付を受け、不当に利得しているのでその返還を求める。

(一)被告は昭和四七年三月六日被告が訴外砂田、同西本より営業権譲渡代金として受領した一二〇万円の内から原告に対し同年四月二七日、保証金として五〇万円、預け金として五〇万円合計一〇〇万円を交付したが、原告は右金員を法律上の原因なく不当に利得しているので、その返還を求める。

(二)被告は原告に対し昭和四七年四月二八日に一一万八八五四円、同年六月八日に四万一七四二円以上合計一六万〇五九六円を現金で交付し、昭和四九年九月二七日に一二万二八六五円を富士銀行上六支店に振込送金し、原告は以上合計二八万三四六一円を法律上の原因なく不当に利得している。

3.原告はもと原告会社代表者の地位にあった国分重雄および本件日新ビル建物の管理人である岡本富子と共謀のうえ、被告が七階の賃貸借に際し、原告に預託した保証金を権利金と虚偽の主張をなし、被告に対し賃料の不払を理由に本件貸室の明渡を求めるもので、原告の本件訴の提起は故意または過失により被告の権利を違法に侵害する不法行為に該当するので被告が本件貸室の明渡を余儀なくされたことにより被告の蒙る損害を賠償する責任があるというべきところその損害額は以下主張するとおり合計二八六四万円となる。

(イ)新店舗借入れのための保証金 一五〇〇万円

新たに本件貸室の近辺において本件店舗と同坪数の二九坪の新店舗を賃借しようとする場合、坪当り七五万円の保証金を必要とする。

(ロ)新店舗の内装改造費什器備品購入費 九六二万円

被告は昭和四〇年一〇月一日本件貸室を借受けて営業を開始後営業の継続期間中を通じ昭和四八年末まで三〇一万円、昭和四九年中に一六一万円、昭和五〇年一月以降二〇六万六〇〇〇円を順次支出したものであるところ、昭和四九年末までの支出額を現価に換算すると昭和四八年末までの支出額はその一・九倍に当る五七一万九〇〇〇円、昭和四九年中の支出額はその一・一四倍の一八三万五〇〇〇円と評価するのを相当とするので以上の合計額は九六二万円となり右金額をもって被告が新たに店舗を開設するについて必要な内装改造費、什器備品購入費用と考えるのを相当とする。

(ハ)休業期間中の従業員に対する給与 三四二万円

明渡後、店舗を借り入れ営業開始をするまで店舗内装工事、什器備品を購入に必要な期間を含めて少くとも四か月を必要とし、その間従業員に対し、給与として一か月八五万五〇〇〇円の割合による合計三四二万円を支払う必要がある。

(ニ)被告の生活費 六〇万円

前項記載の四か月間被告の生活費として月額一五万円の割合による合計六〇万円を必要とする。

よって被告は原告に対し、本件貸室の明渡と引換えに三六九二万三四六一円の支払を求める。

(反訴請求原因に対する認否)

1.抗弁第1項(一)の事実はすべて否認する。前述のとおり、原告主張の金員は被告と訴外岡本との間の営業譲渡契約に基づく代金として岡本に対して支払われたもので、賃借保証金として原告に交付されたものではない。

同(二)の事実中、本件賃貸借の締結に際し、被告より原告に対し保証金として五〇〇万円の差入れのあったことは認めるが、その余の事実は争う。被告が原告に対し右金員の返還請求権を有しないことは抗弁として述べるとおりである。

2.同第2項(一)、(二)主張の事実は争う。

3.同第3項主張の事実は否認する。

(抗弁)

1.(一)被告は反訴請求原因1項(一)において本件貸室の賃貸借契約の終了を理由に、その賃借保証金として預託した五〇〇万円の返還を求めるのであるが、右建物賃貸借契約書第一二条には「賃借人が賃料を二か月分以上怠った時は、賃貸人は契約の解除をすることができる。その場合賃借人は直ちに無条件で賃借物を賃貸人に明渡し、返還することを要する。この場合賃貸人は保証金を違約損害金として没収することが出来る」旨の約定があり原告は被告が長期にわたる賃料の不払を理由に賃貸借契約が解除されたことを理由に、被告に対し貸室の明渡を求めるものであることは本訴請求原因として主張するとおりであるから右保証金は原告において没収することができ原告にその返還義務はない。

(二)かりに右の主張が認められないとしても、被告の右保証金の返還請求権については、昭和四二年一二月一一日付をもって国税徴収法に基づく大阪府南税務署長による差押がなされているので、被告にその返還請求権はない。

2.被告は反訴請求原因1項(二)において七階貸室の賃貸借について二〇〇万円を保証金として預託した旨主張し、その返還を求めるのであるが、かりに原告に右金員の返還義務があるとしても、原告は昭和五〇年二月四日の口頭弁論期日において原告の本訴請求にかかる債権と対等額で相殺する旨の意思を表示した結果、被告の返還請求債権は消滅した。

(抗弁に対する認否)

1.抗弁一項(一)の事実中、本件建物賃貸借契約書中に原告主張の約定の記載のあることは認めるが、その余の事実および(二)の事実は争う。

同2項の事実は争う。

(再抗弁)

一、本賃貸借契約中原告主張の保証金没収に関する条項は暴利行為に該当し、公序良俗に反し無効である。

二、かりに右の主張が認められないとしても、右の条項は賃借人に建物の取毀わしに準ずるような大改築とか重大な過失による火災等保証金を没収するに値する程度の重大な契約違反の存する場合にのみ許されるべきであって、被告が本訴請求原因に対する抗弁第2項で主張したような事情の存する本件の場合にあっては未払賃料相当額と相殺することができても保証金を没収することは許されないと解すべきである。

(再抗弁に対する認否)

1.再抗弁第一項は否認する。本件貸室の賃貸借契約の締結に際して原告に被告の思慮浅薄あるいは窮迫に乗ずる意図も不当に利得する意図もなく、被告が右貸室において店舗を開店した当初は経営状態が好況で多大の利益を得、一時は七階にまで店舗を拡張したこともあった程である。

2.同第二項は争う。

第三、証拠<省略>

理由

第一、原告の本訴請求について判断する。

一、請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。

二、そして成立の真正に争いのない甲第一号証、被告本人尋問の結果(第一回)によれば原告は昭和四七年五月二二日付内容証明郵便により被告に対し昭和四五年一〇月分以降における賃料、共益費、使用料のうち賃料、共益費については昭和四七年五月分までの延滞分、使用料については昭和四七年二月分までの延滞分、合計二三四万八三七〇円の内金一八四万八三七〇円を五日以内に支払うよう催告するとともに、右の期間内にその支払のないときは右賃貸借契約を解除する旨の停止条件付契約解除の意思表示をなしたこと、右の書面はそのころ被告に到達したことが認められる。

三、ところで被告は右賃料等に対する一部弁済を主張するので判断する。

本件賃貸借契約中、一か月につき賃料一〇万円、共益費一万五〇〇〇円と定め、翌月分前払と約定されていたことは当事者間に争いがないから、昭和四五年一〇月分以降昭和四七年五月分まで二〇か月分の賃料の合計が二〇〇万円となることは計数上明らかであり、成立の真正に争いのない甲第八号証によれば、共益費、使用料は、昭和四六年三月分以降の分について延滞があり、昭和四六年一二月までの間、使用料については一〇万一九八二円、共益費(昭和四六年三月分については一万円が延滞)については一四万五〇〇〇円が未払であったことが認められるところ、右賃料等に対する弁済として、昭和四七年四月二七日に五〇万円、翌二八日に一一万八八五四円の各支払のあったことは当事者間に争いがなく、<証拠>を綜合すると、昭和四七年四月二七日支払にかかる五〇万円の内金二四万六九八二円は、前顕昭和四六年三月以降同年一二月までの間の共益費、使用料の弁済に、残額二五万三〇一八円は、昭和四五年一〇月分一一月分の賃料二〇万円および一二月分の賃料の一部五万三〇一八円の弁済に各充当するものであることについて被告の指定があり、昭和四七年四月二八日弁済にかかる一一万八八五四円は、昭和四七年一月以降同年四月までの間の共益費、使用料の合計額に相当し、その弁済に充当するものであることについて被告の指定があったものと認められるから、結局催告書の発信のあった昭和四七年五月二二日までに弁済期が到来している延滞分は、昭和四七年五月分の共益費一万五〇〇〇円、昭和四五年一二月分の賃料の残額四万六九八二円、昭和四六年一月分以降昭和四七年五月分まで一七か月間の賃料合計一七〇万円、以上合計一七六万一九八二円となり原告の催告および停止条件付契約解除の意思表示は右未払分の支払を求める限度で適法というべきである。

なお、被告は昭和四七年四月二七日原告に対し、保証金として五〇万円の支払があり、右金員は原告の催告にかかる債権の弁済に充当されるべき旨主張するのであるが、<証拠>によれば、昭和四七年三月六日被告から原告に対し保証金として五〇万円の差入れがあったが、右保証金は、原被告間に同月一日成立した本件日新ビル七階貸室の賃貸借に関して支払われたもので、本件四階の賃貸借とは無関係であることが認められるから、右金員をもって当然に原告主張の債権の弁済に充当されるとする根拠を欠き、右被告の主張は採用し得ない。

四、ところで被告は、右賃料の未払分について保証金二〇〇万円との相殺による消滅を主張するので判断する。

被告が本件貸室の賃貸借締結後、更に昭和四一年一一月一日七階貸室を賃借したことは当事者間に争いがないところ、<証拠>によれば、被告は右七階を賃借した直後の昭和四一年一一月五日、訴外岡本富子に対して二〇〇万円を交付したこと、当時右岡本は被告が七階貸室を賃借するまで有限会社グリル日新の商号により、同室でグリルを経営する一方、原告会社より依頼され、貸室の賃料の徴収に携わっていたことが認められるのであるが、本件に顕われた全証拠によるも、被告が右金員を原告会社に対し将来賃貸借終了の際その返還を受ける約定のもとに交付したものであることを肯認することはできずかえって<証拠>にれば、四階貸室の賃貸借契約の締結に際し、被告が原告に交付した保証金五〇〇万円については、その賃貸借契約証書中にもその金額が明記され、かつ右証書に原告会社作成名義の保証金預書と題する書面が添付されているのに、七階貸室の賃貸借契約証書にはその金額の記載も、保証金預書の書面の作成添付もなく、二〇〇万円の授受について単に岡本富子名義の簡単な領収書が作成交付されているに止まり、原被告間に右金員の返還の時期その内容等について明確な合意のあったことを証する書面の作成のないこと、被告は七階貸室の賃借後、右貸室を訴外西本篤子、同砂田陽太郎の両名に使用させていたことから、無断転貸を理由として原告から賃貸借契約を解除され、その明渡を求められたことに基因し、原被告および右西本、砂田らとの間に紛争を生じ、昭和四七年四月二七日大阪簡易裁判所において、右紛争当事者間に原被告間の七階貸室の賃貸借契約が解除によって終了したことを確認し、更めて原告は昭和四七年三月一日以降被告に対して右貸室を賃貸するとともに、被告において右貸室を西本に転貸することを承認し、その賃料は西本が直接原告に持参して支払うことを骨子とする調停が成立したが、かりに二〇〇万円が、従来の賃貸借につき被告から原告に交付されたものであるとすれば、新たに賃貸借を締結するにあたり、原被告間にその処理について何らかの合意があって当然と考えられるにもかかわらず、調停条項中には、被告は砂田、西本より営業譲渡代金として一二〇万円の支払を受けるとともに被告は原告に対し将来生ずべき賃貸借関係債務の保証金として五〇万円を支払い将来西本において原告の承認を得て他に本件賃借権を譲渡することができ、その際原告は被告に右五〇万円を返還する旨が記載されているに止まり本件二〇〇万円の返還については何らの記載もないこと以上の事実が認められ右の認定によれば被告主張の二〇〇万円は七階賃貸借の終了に際し、原告から被告に返還される性質の金員でないことについて被告も了解していたものと推認するのを相当とし、右の事実に証人岡本富子の証言を併わせ考えると右二〇〇万円の金員は被告が原告より昭和四一年一一月一日賃借するに際しそれまで右の貸室でグリルを経営していた訴外岡本富子個人に対し賃借人の有する場所、営業設備等有形無形の利益に対する対価として支払われたものでその返還について特段の合意の存したことの認められない本件においては、賃貸借の終了により右金員の返還を受け得る性質のものではないと認めるのを相当とし、乙第一号証中(領収書)保証金と記載されていることは未だ右の認定を左右するに足りず被告本人尋問の結果(第一回)中以上の認定に反する部分は採用し難く他に右の認定に反する証拠はない。

五、被告は前記未払賃料は当然に前記保証金二〇〇万円のうちから弁済されていると信じていたものであり、右は賃貸当事者間の信頼関係を破壊するに足りない特段の事情に該当する旨主張するのであるが、右金員は七階賃貸借について将来返還されることを約して原告に交付されたものではなく昭和四七年四月二七日の調停の際被告においてその返還を受け得ない性質の金員であることを了解していたと認められることは前記認定のとおりであるから右被告の主張は採用し得ない。

六、更に被告は原告において本件貸室を自ら使用する必要のないこと、本件賃貸借について保証金として五〇〇万円の差入れがあり、延滞賃料は右保証金によって充分担保されていることを理由に原告の解除権の行使、貸室明渡請求が権利の濫用にあたる旨主張するのであるが、賃借人に賃貸借契約上の債務の不履行が存する場合、自己使用の必要性の有無にかかわらず、契約を解除し、その明渡を求め得ることは当然であり、本件賃貸借契約につき保証金として五〇〇万円の差入れがあり、右保証金は賃貸借契約に基づく債務不履行を担保するものであることは後に認定するとおりであるが、前記のとおり賃料の未払は長期にわたりその額も一七六万一九八二円の多額に達している本件においては他に特段の事情の存しない限り原告の権利の行使をもって権利の濫用にわたり違法ということはできない。

七、以上の次第で被告の抗弁はいずれもその理由がなく本件賃料につき、被告に一七六万一九八二円の遅滞があったものというべきところ、本件催告の到達後五日以内に被告から原告に対しその支払のあったことを認め得る証拠はないから、本件賃貸借契約は遅くとも昭和四七年五月末までには解除の効力を生じ、被告は原告に対し本件貸室の明渡義務を負担するに至ったものとみるべきである。しかるに弁論の全趣旨に徴し被告は現在に至るまで本件貸室の占有を継続し、原告に対しその返還義務の履行を遅滞していることは明らかであり、原告に対し本件貸室の賃料、共益費相当額の損害を蒙らせているものといわなければならないところ、本件貸室の共益費相当額が昭和四九年五月一日以降月額一万七五〇〇円であることは当事者間に争いがなく、成立の真正に争いのない乙第三二号証によれば、被告は昭和五〇年一月一日以降、本件貸室の賃料として月額一二万円の割合による金員を異議なく供託していることが認められるから、その賃料相当の損害金は昭和五〇年一月一日以降一か月一二万円と認めるのを相当とする。

八、そうすると、被告は原告に対し本件貸室を明渡し、かつ前記認定の昭和四七年五月分までの賃料、共益費の未払分一七六万一九八二円、同年六月分以降昭和四九年四月分までの二三か月間、一か月一一万五〇〇〇円の割合による合計二六四万五〇〇〇円、昭和四九年五月分以降同年一二月分までの八か月間、一か月一一万七五〇〇円の割合による賃料、共益費相当額の損害金の合計九四万円、以上合計五三四万六九八二円、および昭和五〇年一月一日以降一か月一三万七五〇〇円の割合による賃料、共益費相当の損害金の支払義務があるといわなければならない。

第二、被告の予備的反訴について判断する。

一、被告は保証金として七階賃貸借につき二〇〇万円、本件賃貸借について五〇〇万円の各差入れのあったことを前提として右各賃貸借の終了を理由にその返還を求めるのであるが右のうち二〇〇万円の金員の返還を求める被告の主張の理由のないことは本訴請求の理由中で判断したとおりである。そこで以下本件賃貸借について差入れた五〇〇万円の保証金の返還請求の当否について判断する。

二、被告は原告から本件貸室を賃借するに際し賃貸期間を二〇か年と定め保証金として五〇〇万円を差入れ、右保証金には利息を附さず二〇か年据置く旨約定していることが認められるところ、右据置期間の定めは本件賃貸借が賃貸期間の満了によって終了した通常の場合のことを予想して約定したものと解され、他に本件保証金を敷金と別異に解すべき特段の事情は認められないから、賃貸人は賃貸借の終了後家屋の明渡がされた時においてそれまでに生じた賃料相当額の損害金債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得することのある一切の被担保債権を控除してなお残額のある場合にその残額につき返還義務を負担するものと解するのを相当とする。

なるほど本件賃貸借契約書中第一二条は「賃借人が賃料を二か月分以上怠った時賃貸人は契約を解除することができる。その場合賃借人は直ちに無条件で賃借物を賃貸人に明渡し返還することを要する。この場合賃貸人は保証金を違約損害金として没収することができる」旨約定されていることが認められるのであるが、右約定の趣旨を原告の主張するように、被告の債務不履行を理由として賃貸借契約が解除された場合損害賠償とは別に無条件に違約罰として没収し得る趣旨の約定と解するときは暴利行為として公序良俗に反し無効と解される余地が存するけれども、右は解除による賃貸借の終了後、目的物の返還までの間に生じた賃料相当の損害金の弁済に充当しその返還義務を免れ得る趣旨の約定と解されるところ、被告は本件貸室の明渡と引換えに右保証金の残額の返還を求めるのであるが賃貸人は特別の約定のない限り賃借人から目的物の返還を受けた後に返還すれば足り、現在において、残額の有無、およびその額を確定するに由なきものといわなければならないから、その余の点について判断をすすめるまでもなく被告の請求は失当として排斥されることを免れない。

三、次に不当利得を理由とする金員の返還請求について判断する。

書面の形式、自体に徴して<証拠>を綜合すると、被告は原告に対し、昭和四七年三月六日に五〇万円を、同月二七日に五〇万円を、同月二八日に一一万八八五四円を、同年六月八日に四万一七四二円を、昭和四九年九月二七日、一二万二八六五円をそれぞれ支払ったことが認められるところ、被告は右各金員の支払いについて原告の不当利得を主張するのであるが、右金員のうち、昭和四七年四月二七日の五〇万円は延滞にかかる賃料、共益費、使用料等の弁済に、同月一八日の一一万八八五四円は昭和四七年一月以降同年四月までの共益費、使用料の弁済に各充当されたものであることはすでに本訴請求原因に対する理由で判示したとおりであり、<証拠>を綜合すると、昭和四七年三月六日の五〇万円は七階貸室の保証金として交付され、昭和四七年六月八日の四万一七四二円および昭和四九年九月二七日の一二万二八六五円は、昭和四七年五月分以降の使用料として各弁済され、原告においてこれを受領していることが認められるので、原告が以上の各金員を法律上の原因なく不当に利得しているとしてその返還を求めることは許されない。

四、最後に被告は本件訴訟が不法行為を構成するとして、原告に対し、被告が本件貸室の明渡を余儀なくされた場合に蒙るであろう損害の賠償を求めるのであるが、原告は被告の債務不履行を理由として被告に対し本件貸室の明渡を求めるものであり、その主張の理由があることはすでに判示したとおりであるから、原告の本件訴訟は当然の権利の行使に属し、右訴の提起追行をもって被告に対する不法行為にあたるとする原告の主張はその余の点について判断するまでもなく失当というべきである。

第三、以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し本件貸室の明渡を求めかつ金五三四万六九八二円および昭和五〇年一月一日以降明渡ずみに至るまで一か月一三万七五〇〇円の割合による金員の支払を求める限度でその理由があるので正当として認容し、原告その余の本訴請求および被告の反訴請求はその理由がないので失当として棄却し、訴訟費用の負担については、本訴につき民訴法八九条、九三条を、反訴につき同法八九条を、原告の勝訴部分のうち金員の支払を求める部分の仮執行宣言につき一九六条を適用し、貸室の明渡を求める部分については相当でないと認めるのでこれを却下して主文のとおり判決する。

(裁判官 名越昭彦)

<以下省略>

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